黒井千次『一日 夢の柵』(講談社
黒井千次を読むのは初めて。今から4年前にこの本を買ったはずなのだけど忙しさにかまけて手に取る機会が無く。老人の日常、日常の中にいろんなものが潜んでいる感じが好き。電車の中で聞こえてくる新聞の音はドラマになりうる。表題作の「一日」で写真展を見に行くシーンがあるのだけど、その作品はシャッタースピード1秒固定で撮ったもの。当然、動きのあるものは被写体ぶれを起こしてしまう。でも歩いている人を撮ると足だけは映る、って話が妙に印象に残る。

 そうか、足は残るんだ。
 思わず膝を叩く気分に見舞われた。
 一歩踏んでから、体が前に出る間も足はまだ地面についているんです。
 長身をやおら動かして彼は歩く身振りを大仰に再現してみせた。いかにも靴だけが後ろに残る動作だった。
 その時、人間はどこに居るんだろうか。
 どこにいるんでしょう・・・・・・。
 
「一日」より

一日 夢の柵