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- 尾崎翠『尾崎翠集成 下』(ちくま文庫)
- 尾崎翠の不思議世界爆発。愛すべき作家。千夜千冊で取り上げられているのでそこを再読してみたが、抜粋されてる文章が良い感じだったのでここにも載せておく。尾崎翠20歳のときの文章。それにしても小学校の名前が面影小学校とは、幻想小説家として生まれるべくして生まれたとしか思えんな。
かすかな鐘の音がひびいてくる。何処ともしれないところをさまよひ歩いてゐた者がなつかしい場所にたどりついたやうなおちつきが私をとりまいてゐた。
夢のうちのあの淋しさ。けれどもさつきの鐘の音もやはり夢の世界から来たものか。海なりのおとに気がつくと私はいそいで半身をおこした。黒いピンはゆふべのままに枕もとの本の上においてあつた。それを取つて髪にさしながらいつまでも床のあたたかさからはなれたくなかつた。
細いみみなりが針のひびきのやうにわたしの頭をよぎつてしまふと、昨日までのさびしさがまたくりかへされるのだと思ひながら、私はきものに手をかけた。